あかい奈良
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  再録「室生寺」

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第2章 檜皮葺きの屋根

 「檜皮」と書いて「ひわだ」と読む。檜皮葺きは、古来、神社等の屋根に多く用いられてきた。その言葉の響きとともに、苔むした屋根の風合いが趣深いという印象があるが、樹木の皮がどのように屋根になりうるのか、実のところ、はっきりとはイメージできないでいた。寺を囲む森には、屋根の材料をまかなうだけの檜がある。それは、材料の確保が難しく、職人も減ってしまった今の時代にあっては、非常に稀で、幸運なことなのだという。

 秋、復旧工事中の屋根は、計画どおり五重と四重がすでに解体されており、一時ジャッキアップされていた部分もすでに解かれていた。そろそろ組み立てが始まっているのだろう、素屋根の中では足元に、番付札がぱらぱらと落ちていた。初めて来た時、これを打ちつける槌の音が森に響いていたのを思いだす。訪れる度に修復が進んでいるのがわかる。
残った屋根はまだ、その檜皮葺きを脱ぎさったままだった。
 しばらくぶりに保存事務所を訪ねると、松田氏が温和な笑顔で迎えてくださった。

樹木の皮を使った屋根には、杉皮葺きもある。どちらもよく似ているように思っていたのだが、しかし、「それは、まったく違います」と、松田氏に教えられた。

「まず、採取の仕方から違うんです。杉皮を採るには、木を切らなければなりません。皮といっしょに、内部の形成層の部分まではがれてしまうため、生きた木から皮だけを採るということはできないのです。檜の場合は、立ち木から採取します。つまり、皮を採るのに、木を殺さなくていい。だいたい、樹齢百年くらいたった檜から採取しますが、初めてむいた皮は使えません。素材に適しているのは、前回むいてから七〜八年たったものです。それ以降は定期的に八年おきくらいの周期で、継続的に採取できます。」

皮ごしらえ

上/むきとった皮をさらにはぎわける。ねばりのある檜だからできる。

中/表面を整える。手際がいい。

下/表面を整えた皮は、使われる場所によっては幅を出すためにはぎ合わされる。ナタでトントンと数カ所たたくだけ。
「やってみますか」とからかわれた。きっと、素人ではくっつかないのだと思った。

 檜皮は、いわゆる永続可能な材料だったのだ。ただ、時期を超えて、採取されずに年月が経過すると、再び素材として適さなくなる。このため、檜皮の需要と供給のバランスが重要だ。社寺の修理をしたいのに、檜皮が足りないということになっても、逆に、檜があるのに何十年も檜皮が採取されないままであっても、そのバランスは崩れるだろう。

「檜と杉の、もうひとつの違いは、素材を屋根に葺く固定の仕方にもあります。檜皮は竹釘で打つのですが、このとき、檜の場合は竹釘を締めつけてくるんですよ。杉は割れやすく、そうはいきません」

杉には杉の良いところがあるにちがいない。しかし、こんな話を伺っていると、檜には格の違いを感じてしまう。
それにしても、室生寺の森に立つ木の表皮と、塔の屋根、この間にどんな作業や加工が行われるものなのかと思うと、まだ頼りない想像をめぐらすしかない。そして、ついつい松田氏にあれこれと質問をくりかえしてしまうのだった。

 今回、直接の作業にあたるのは、和歌山県橋本市に本社のある谷上社寺工業。江戸末期から続く、社寺の屋根を葺く専門の会社だ。檜皮の採取から葺きまでをすべて請け負う。その出張所が桜井市にある。
作業場を訪ね、社長の谷上永晃氏にお会いした。

  「檜皮葺きは、”皮むき“、”皮ごしらえ“、そして”葺き“という工程を経ます。室生寺内で十月から皮むきが始まっています。木の成長期をさけて、秋から始まるんです。天候に左右される作業で、足元が悪いと危険ですから、当日だけでなく、だいたい三日間晴れが続いたときの三日めに行います。
皮ごしらえは、採取した皮を決まった厚さと長さに揃える工程で、そのサイズは建造物によっても、また、使う部分によっても違います。
そして、十一月からは葺きが始まり、極寒の時期を除いて、おそらく来年の三月ごろまでかかる予定です」


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 五重塔から続く石段が、奥の院へと続いている。夏の終わりにその石段を登った時も、今も、一年前に倒れた大木が、まだそこここに横たわっている。違うのは、常緑樹の多い緑の森の色との対比で、いっそう赤く見えてそびえる木々。皮をむいた後の檜だった。

石段を登りきると、小さな落ち葉が雪のように舞い降りてきた。その空の方向で、その日の皮むき作業が行われている。許しを得て、奥の院の裏手から、落ち葉の感触を足の裏に感じつつ、だんだん急になっていく地面にしがみつくように登った。慣れた作業員の足なら一〇分で着くというその場所は、室生の集落や遠くの山が見渡せる急な斜面にあった。

報道写真でしか見たことのない皮むきが、目の前で始まる。事務所によると、彼らは「ゼロから訓練して、三〜四年でできるようになり、うまくなるにはそれ以上」かかるのだという。
ロープを巧みに使って木に登りながら皮をむいていく。始めは幹の根元近くから、そして次第に上へ上へと|。ロープと木の棒だけで体を支えながら、森の中に浮かんだまま、一枚が二メートルくらいはありそうな皮を、時には体をのけぞらせながらむく。

「こわくないですか」
「こわいですよ」

仲間うちでも五年のキャリアのある一人が応えてくれる。
谷上社寺工業で働くのはほとんど全員が若々しい青年たちだ。なかでも皮むきは、体力のある若い人が多い。町のコンビニあたりで見かけたら、おそらく、ごく普通の今どきの若者たち。でも、ここでは命がけの作業をこなす職人だった。
 こうして集まった檜皮が、桜井市内の谷上社寺工業の作業場で、皮ごしらえにかかる。表面の荒い皮を削ぎ落とし、皮の厚さによっては、一枚を二枚にはぎわける。さらに表面を薄く削るように整えながら、長さと幅を揃え、切り落としていく。この作業のため、むいた皮はしばらく乾燥させる必要があるのだという。一枚の素材の厚さは、わずか一・五ミリにすぎない。なるほど湿っていては、作業になるまい。

「皮ごしらえは、葺きの作業以上に手間のかかる仕事ですが、その工程は人に見えない部分ですから、葺くところだけをみて、桧皮葺きが簡単な仕事だと勘違いされることもありますよ」と谷上氏。

その一枚一枚を、室生寺五重塔の場合、九ミリずつずらしながら屋根に置いていくのだ。一枚の長さは約四十五センチなので、おのずと厚さがうまれる。とくに、上の屋根から下の屋根へと、ちょうど雨だれが落ちてくる「雨おち」の部分は、最も傷みやすいところなので、注意深く葺く。

「のきづけ」と呼ばれる部分は、三重を例にとると、厚さ十五センチ。葺き屋根を断ち切って揃えたように見えるので、外見上は、屋根全体にそれだけの厚さで皮が葺いてあるかのようだ。この部分には、短い皮を何枚か重ねて固定しながら厚さを出してあり、内部は「空間」と「木材」だ。仕上げの美しさにこだわりが現れる部分でもある。皮ごしらえの時にできる小間切れの皮も、のきづけの貴重な素材だ。
こうしてみると、ひとつの屋根にも相当な檜皮が必要なのだなと恐れ入る。
皮むき作業の行われているその日、素屋根の中で、桜井の作業場で皮ごしらえをしていた一人に出会った。

「今日はどうされたのですか?」
「皮ごしらえと、葺きは同じメンバーがあたります。もう葺きの準備作業が始まっているんです」

そうか。カレンダーは十一月に入っていた。

先入観だったのかもしれないが、伝統的な技術が必要とされる檜皮葺きの作業を担うのは、老齢の職人たちではなかった。確かに専業の職人は全国でも十数人しかいない。しかし、この塔は、ゼロから始めた彼ら作業員の技に支えられながら生まれ変わりつつある。

室生の森で、若い力が輝いているのを知って、頼もしく思えた。


第3章に続く